
青山は好きな街のひとつで、頻繁というほどじゃないけどよく来てますね。実は昨日も骨董通りにあるタイ古式マッサージに行ってきたんです。そういう店をあまり知らないから、ネットで調べて。やっぱり長時間仕事場にいると、身体の中がぎゅっと凝り固まる気がして、無性に引っ張ったりほぐしたりしてもらいたくなるんですね。それで昨日はたまたま予約の時間まで空いていたんで、ABCで文庫本を一冊買って、スターバックスで時間をつぶしてましたよ。この街は道が広くて歩きやすいし、路地に入ってもそんなに混んでないのがいいですよね。
僕は元々、表参道の原宿セントラルアパートに事務所を構えていたんです。すごい前ですけどね。20代後半だから、今から20年前くらい。大橋巨泉事務所の隣で、よくエレベーターで小倉智昭さんを見かけましたよ。
当時は、ほとんど事務所に住んでたようなもんです。自宅は都立大にあったんですけど、帰るのが面倒臭くて、いつも事務椅子を並べて寝てました。それで風呂は南青山7丁目の「清水湯」っていう銭湯まで入りにいく。今は改築してすごく綺麗になっているんだけど、僕が通ってたのは前のボロボロの時で、毎日のように、洗面器持ってサンダル履きで街を歩いてました。
その頃はまだ同潤会アパートがある街並でしたけど、夜の表参道は人がいなくて静かで、あの雰囲気は好きでしたね。なんか、すっごい都会にいるなあ、乾いてるなあって、いつも思ってました。表参道のイルミネーションが始まったのもたしかその頃。普段は静かな夜の街が急に人でいっぱいになって、洗面器持ってサンダルで出ていく感じがすごく恥ずかしかったのを覚えています。
当時は深夜番組の構成作家なんかもやってて、その番組では青山・原宿を舞台にしたコントばかり撮ってました。そしてちょうどその仕事をやってた頃に表参道交差点のサマンサ・タバサの所に、レンタルビデオのTSUTAYAができたんです。僕はその時はじめて、TSUTAYAっていう存在を認識したんだけど、銭湯の帰りによくビデオを借りに行きましたね。

南青山5丁目の高級ブティック街。人通りも少なかったこの日、もしかするとリリーさんは、青山の夜特有の"乾いた感じ"を懐かしんでいたのかもしれない。


南青山6丁目に2月オープンした、西海岸の雰囲気漂うインテリアショップ。「URBAN.SURF.NATURAL.」をコンセプトとした素敵なアイテムが並ぶ店内では、興に乗ったハービーさんにより、女性スタッフとリリーさんのツーショットも撮影された。
この辺は夜になると近くに食べる店が少なくて、大体いつも中華料理の「北斗」に行くか、『探偵物語』で最後に優作さんが刺される「OH!GOD」にジャンバラヤなんかを食いに行ってました。
昼間だと、まい泉のちょっと手前に「ロア」っていうカウンターだけの小さな洋食屋さんがあって、そこがすごく好きでした。あとワタリウム美術館の向かいに、今もしょっちゅう行く「福蘭」っていう餃子屋さんがあるんですけど、これがもう絶対どこにもないっていうくらい、めちゃくちゃ前衛的な餃子と焼売なんです。すごく旨いんだけど、「これは餃子だよ」って教えてあげないとみんな分からないというくらい見た目にも前衛的な。たぶん最初は餃子の形をしてたはずなんだけど、もう何かドロンドロンのベロンベロンっていう表現がぴったりな感じで(笑)。これは本当におすすめですね。あとよく通ったのは「だるまや」とか、「とんかつ志味津」とか。そう考えると、今も意外と古い店が残ってますよね。

結局セントラルアパートには3年くらいいたのかな。あのあたりは、かつて糸井重里さんとかみうらじゅんさんとか、色んなクリエイターが事務所を構えていた。みうらさんなんかは「とにかく青山に事務所を出さなきゃだめだよ」って言われてとりあえず出したというか、最初は「何か知んないけど青山だろ」みたいなのがあったみたい(笑)。今はもう少し色んな街に文化が点在してるけど、「とりあえず青山に事務所出さなきゃ」っていう感じは何か面白くていいですよね。
これは良いことでも悪いことでもあるのかもしれないけど、青山はやっぱり敷居の高い街だと思います。お店にしてもハイブランドが集まってたりとか、あらゆる面で敷居を高く保ち続けることがこの街のマナーになっているような気がするんです。シュっとしてる人が多いし、例えば若い頃に緊張して歩いた街が、時代が移ってもそうあり続けているというのは喜ばしいことじゃないですか。全然敷居を下げなくていいし、「お高くとまってる」なんて言う人は、来なくていいんだよね(笑)。
ただ不思議と青山ではお酒を飲むことがない。仕事の合間に買い物をしようとか、ご飯食べようとかはあっても、朝までがっつり青山にいようという感覚がないんです。皆も持ってないんじゃないですか、その感覚って。僕が知らないだけかもしれないけど、この辺で朝までやってるバーとかって少ないんじゃないかな。あ、外苑前のサラが今も朝までやってるのか。


いずれにしても夜、人の匂いのしないところを歩いている感じが乾いてて良かったんですよ。繁華街みたいなところだと、夜中、ずっと人の匂いがするじゃないですか。セントラルアパートの事務所は半分住居でもあったんですけど、そもそも自分が住む場所って人の気配を感じないところが好きなんです。東京を自分の街だと思っていないので、住んでるところに人の匂いはいらない。住むところはカラッカラに乾いている方がいい。その方が、何ていうか、留学してる気がするんです(笑)。
もちろん東京が嫌いなわけじゃないですよ。でも好きでもない。もう30年いますけど、自分の街だと思ったことは一回もないですから。これは田舎から出てきた僕の東京に対する一貫した距離感。何ていうか、自分なんかを受け入れてくれるようなところに住みたくないっていうのがあるのかもしれない。受け入れられなくていい、だったら田舎に帰るよみたいな(笑)。だけど故郷が自分の街なのかというと、これはもう圧倒的に東京の方が長いわけでね。昔も今も東京に一生いる自分を全く想像してないんだけど、なかなか出て行くタイミングが見つからないという感じですかね。
でも最近やっと東京じゃなくてもいいと思うようになってきましたよ。地方都市でも、海外でも、どこでもいいんですけどね。もし僕が海外に住んでいたとしても、誰も気づかないと思う。イラストだって原稿だって、今は通信手段が発達しているし、最近はあんまり取材とかで出かけることもないし、テレビもやってないし、どこにいたって気づかないんじゃないですか(笑)。


仕事の面では、今後も、やったことがないことはどんどんやりたいですね。新しいことをやれるうちはまだマシな感じがするというか、別にベテランになんかなりたくないし、ルーキーでいるうちの方がドキドキして楽しいじゃないですか。やったことがない分野で呼ばれる環境があるというのは、まだ求められているっていうことですから。恵まれています。
かといって、これを絶対やりたいというのはないんですけどね。そういうのは自然に出会うもので、探すもんじゃないと思ってるんです。自然に出会ったものの方が身に付くというか、無理に出会っても仕方がないというか。だから僕はひとつの職業に憧れたこともないですね。これになりたいと思ったのは、唯一野球選手だけ。「映画監督になりたい」とかじゃなくて、何かを表現したいんだけど何をすればいいんだろうって、ずっとそのことだけを考えてきたんです。
そうやって今までも色んなことをやってきましたけど、結局どれも表現するという意味で根本は同じなんですよね。字を書いてても、絵を描いてても、写真を撮ってても、全部同じことをやってる感覚。道具が違うっていうだけなんです。例えば、街でかわいい女の子に出会ったっていうのを後で飲み屋にいる友だちに伝える時に、その娘の似顔絵を描くのがいいのか、文章を書いて伝えるのがいいのか、でもここはやっぱ写真がいいんじゃねえか! みたいな(笑)。要するに、それにあった道具を使えばいいと思ってるんです。「今日すごくかわいい子がいたから、その娘の曲を作っちゃったよ」でもいいじゃないですか。
僕のプロフィールを見ると肩書きがたくさんあって、ああいうのはインチキ臭くてすごく嫌なんだけど、よく器用ですねとか言われるんですね。でも僕は器用だから色々やってるんじゃなくて、なりたいものがないんですよ。でも、何かやりたい。今は絵の具もいいし、カメラもいいし、コンピュータもいいから、手伝ってくれますよ、きっと。
みんな恥をかくのが嫌なんじゃないかと思いますね。それとやっぱり、はじめてのジャンルに踏み込むと、絶対何か言われますから。その道の人はみんな自分たちの表現手法にプライドを持ってるから、余所者が入ってくると好ましくないじゃないですか。でも僕はその考え方自体がクリエイティブじゃないと思うんですよ。みんな文字が書けるんだから文章を書けばいいし、下手だろうが上手かろうが絵を描けばいいと思う。写真だって撮れるし、曲だって鼻歌うたえれば誰だってできるんだから作ればいい。僕自身何でもいいと思っていますけど、肩書きとかジャンルってあまり意味がないですよ。何を表現したいかによって、そんなのはどんどん超えて行けばいい。それで今日は何者として呼ばれたのかということで、常にそれ然と振る舞ってりゃいいと思うんです。あつかましいんでしょうね。

今回の撮影は、カメラマンがずっと尊敬していたハービー・山口さんということで本当に驚きましたよ。近所に事務所があるのに、これまでお会いする機会がありませんでしたから。さっき陽が落ちたばかりの青山を一時間程ご一緒させてもらいましたけど、さすがはハービーさんというか、全然どこともつかないロケーションでバンバン撮っちゃうんですね。
ハービーさんの写真というのは、僕にとって特別な存在なんです。やっぱり世代的にもロンドンから発信されたものに一番影響を受けているし、一番憧れの土地じゃないですか。そのロンドンを僕は10代の頃からハービーさんの写真で見てきた。当時の僕の心の中にある憧れのロンドンといえば、ハービーさんの写真の中に映るロンドンそのもので、自分が実際に行けるようになった今も、ロンドンというと、ハービーさんの写真が浮かんでくるくらいなんです。
普段は写真を撮られるのがすごく苦手なんですけど、今日はそういう人に写真を撮られるっていう感覚がすごく不思議でしたね。とても良い方でほっとしましたし、意外と緊張しないというか、ああこういう風にロンドンや人を撮ってたんだなって。若い時から見てた、写真の答え合わせになりました。青山の良い思い出になりましたよ。


南青山T-PLACE B棟前にて。ショーウィンドウに映り込むシルエットは、写真家ハービー・山口氏。
リリー・フランキー
1963年、福岡県生まれのクリエイター。イラストのほか、文筆(エッセイ、小説)、写真、デザイン、作詞・作曲、構成・演出など多種多彩な表現手法を操る。自伝的小説『東京タワー オカンと僕と、時々、オトン』(05/扶桑社)は、06年本屋大賞を受賞、220万部を超えるベストセラーとなった。オリジナル絵本『おでんくん』はアニメ化され、オリジナルグッズも性別世代を超え幅広い人気を集めている。また俳優としても活躍中で、映画『ぐるりのこと。』で、第51回ブルーリボン賞・新人賞を最高齢で授賞している。今年、EMIミュージック・ジャパンにて本人プロデュースによる新レーベルがスタート。
ハービー・山口
1950年東京生まれ。大学で経済専攻。卒業後、1973年にロンドンに渡り、およそ10年間を過ごす。折からのパンクムーブメントを実体験し、70年代の生きたロンドンの姿を写真に記録するようになる。特に、ロンドンのロック ミュージシャンの撮影では高い評価を受けた。帰国後もヨーロッパと日本を往復し、アーティストから巷の人々までを、気取りのない優しい表現のモノクローム作品に残している。その飾らぬ清楚な作品を好むファンは多く、写真集、写真展多数。他にエッセイ執筆、ラジオやテレビのパーソナリティー、作詞などもこなす。2011年度、日本写真協会賞作家賞を受賞。

