Aoyama Style

コラム

浅葉克己の一日一圖 9

 香港のベニー・アウ(區徳誠)は、香港で最も信頼、尊敬できるアートディレクターに成長していた。僕は数年前に香港デザイン展の審査員として招かれた。グラフィックからインテリアデザインまで巾広い審査には驚かされた。その中にベニー・アウがデザインしたアメイジングツインズの雑誌広告、頭にアンテナを付けた二人の背広姿の香港宇宙人を発見、審査員特別賞に推した。数年後原宿のラフォーレ美術館でアメイジングツインズの大展覧会が開かれ、ぼくはスピーカーとしてアジアのデザインについて語った。今回はベニー・アウの企画で日本のアートディレクター七人が招待されてSEVEN展が開催された。ベニーさんの言葉、「とてもシンプルなアイデアが、ひとつのイベントへと広がりました。大きな規模での展覧会と小さな規模での展覧会、セミナー、ガイド付きツアー、学生たちのポスターデザイン審査…これは運命が導いてくれたのだと思います」まず小さな規模の展覧会というのが二〇〇四年に、ひとり一ヶ月づつ、ベニーさんのアトリエで開かれた。六人だった。そこに野田凪さんがどおしても参加したいと言い出して、SEVENになった。
 ぼくは新作のポスターに漢字でひとりひとりの名前を書き、そして、一番から七番まで番号をふり、ブルースターの花をそえ、一、青木克憲。二、浅葉克己。三、葛西薫。四、中島英樹。五、野田凪。六、佐藤可士和。七、澤田泰廣。完成して香港に提出。野田凪さんがアフリカロケが入って参加出来ないという連絡、変わりに服部一成さんが行ってくれることになった。そんな訳で五、野田凪さんのところに赤印で×を入れた。赤い×が入ることによってポスターは強くなった。ベニー・アウが作ってくれた今回のカタログは傑作だ。七人のバックグラウンド。パーソナリティ。視点。嗜好、そしてデザインのスタイルがみごとに表現されている。展覧会は4月8日〜22日まで開かれた。
 4月8日香港到着。空港にベニー・アウが出迎えてくれた。宿泊はワン・チャイのJIA。スタルクがデザインしたホテルだ。着物を置いてすぐにオープニングに出席。会場のアートセンターはメゾネットタイプの不思議な空間。服部一成↓佐藤可士和↓奥の個室が青木克憲。浅葉克己↓中島英樹。奥の個室が澤田泰廣。そして葛西薫。階段を昇ったり降りたりすると元のところに戻っていたり、迷路のような空間演出。新作のポスター七枚の前でひとりひとりの紹介とあいさつ。名門隆羽飯店での歓迎夕食会。二日連続の香港理工大学での講演会。テーマはカルチャーとデザイン。学生のポスターコンペティションの審査会。アラン・チャン。カン・タイクン。広州から王さんも来た座談会。反日など跳ねかえすほどの熱気。アジアのデザインの進む道に灯がともった気がした。日本と香港の交流の深度は、多くの人とかわるがわる席に着いた円型テーブルのうまい食事とお茶のおかげだ。

Profile

浅葉克己
横浜出身。桑沢デザイン研究所、佐藤敬之輔タイポグラフィ研究所にて 文字設計を修業後、ライトパブリシティに入社。1975年、浅葉克 己デザイン室を設立。中国の少数民族ナシ族に伝わる象形文字・トンパ 文字への造詣が深く、トンパ文字掛軸で02年東京ADCグラ ンプリ。同年、紫綬褒章を受章。青山芸術祭第3回DESIGN AWARD審査委員長。

ページ先頭へ
バックナンバー