Aoyama Style

コラム

浅葉克己の一日一圖 5

 NHK名古屋は「巨樹は語る」という番組を十本製作中だ。旅人がひとり選ばれて、世界中に飛んで巨樹と対面し、自然と文化について、その感動を語る番組だ。僕はプロデューサーの宮田章さんに選ばれて、中国雲南省の桃源郷に情樹あり――中国・ガジュマルを訪ねる旅に出た。 ディレクターは小山裕司さん、カメラは大男の金沢利徳さん、音声は佐藤勝彦さん、コーディネーターは中国美人の劉凡さん、そして宮田さん率いるNHK組は少数精鋭部隊だ。浅葉組は、僕と助手の藤沼重人、それに息子の球を連れて行った。ドライバーは軍隊出身の昆明に住む賀純昆さん。重い機材を積んだ九人乗りの小型バス一台で移動した。一週間前にロケハンで現地入りしたNHK組は、雲南省麗江で浅葉組を迎えてくれた。麗江といえばナシ族トンパ文字の故郷。僕は五回目の麗江入りだ。ナシ族の信条は「自然と共にゆっくり生きる」。木の文化を大切にしている。僕の大好きな格言に「根が丈夫なら木は倒れない。谷が深ければ泉は涸れない」というのがある。
 東巴文化研究所のある黒龍譚公園には、以前一緒に写真を撮った小猿のシャオシェンがいる。麗江にはまだ毛沢東の巨大像が建っていて、それをシャオシェンと見上げるシーンも撮影したい。
 世界遺産に認定された麗江の街は観光客で溢れていた。トンパ文字が付いたみやげ物だらけだ。Tシャツ、雑貨、風鈴にまで付いている。ひとつ買った。東巴宮の石の壁には代表的なトンパ文字が石に彫られ、あて字壁になっていた。旗を持った案内人が「さあ、何という字に見えますか」と問いかけている。壁の中央に「愛」という字が彫られていて、一番人気だ。恋人たちが手をつないで記念写真を撮っていた。
 東巴文化研究院で撮影する。ここは初め潔く貧しく美しい「室」だったが、「所」となり「院」に昇格し現在では派手なところに変容している。
和即貴、和開祥の二人の老トンパは亡くなり、和世先六十三歳の老トンパを中心に六人の少年トンパが修行に励んでいた。和世先さんにトンパ文字の教典の書き方を教わるシーンを撮影した。十六歳の和秀山、十八歳の陳四方と一緒に。二人に修行の大変さを聞いた。教典を書くこと、絵を描くこと、踊りを覚えること、祭典を開くことだと言う。この四つを完全にマスターして故郷に帰りトンパになるそうだ。毛沢東によって三十年間禁止されていたトンパ教の復活だ。
 今回の旅の目的は巨樹に会うことだったが僕にとっての一番の収穫は、トンパ文字の本拠地に行けたことだ。聖なる山、玉龍雪山の裏側には、金沙江が長江と合流するところがある。山をいくつも越えると超危険地帯がある。チベットに通じる虎跳峡という一本道がある。崖が胸に迫って来る。断崖絶壁が続き、深い谷底には茶色い激流が渦巻いている。落ちたら確実に命を落とす。難所だ。そこをヒヤヒヤもので通過すると、シャングリ・ラだ。麗江から二百キロ、見たこともない豊かな棚田が続く白地村がある。 この村には農民が六百人、トンパが五人いる。トンパ文字の研究家、楊正文さんが私設東巴文科研究所を開設している。この村には白水台という有名な観光地がある。この白水台こそトンパの本拠地だという。トンパの開祖はアミン。この村の出身で八百年前の宋代に洞窟で修行し、百文字しかなかったトンパ文字を千五百文字に増やし、教典を書けるようにし、弟子を育てた。「白水台を訪れないトンパは本物ではない」と言い切る。白水台の頂上に泉が湧き出る、柳の木の下で老トンパ、ホーツーベイに会った。「根が丈夫なら木は倒れない。谷が深ければ泉は涸れない」を白水台スタイルのトンパ文字で書いてもらう。実に美しい。老トンパの書いたものを沢山見てきたが、彼の書くものが一番だ。

Profile

浅葉克己
横浜出身。桑沢デザイン研究所、佐藤敬之輔タイポグラフィ研究所にて 文字設計を修業後、ライトパブリシティに入社。1975年、浅葉克 己デザイン室を設立。中国の少数民族ナシ族に伝わる象形文字・トンパ 文字への造詣が深く、トンパ文字掛軸で02年東京ADCグラ ンプリ。同年、紫綬褒章を受章。青山芸術祭第3回DESIGN AWARD審査委員長。

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