Aoyama Style

コラム

安西水丸の青山日記 11

【○月□日】

 絵本づいている。先日、今年になって二冊目の絵本がポプラ社から出た。本のタイトルは「クッキーのおべんとうやさん」といい、主人公のクッキーは黒ウサギ。いろんな動物が弁当を買いにきて、お金ではなく、例ばゾウさんはバナナ、リスさんはドングリなどを置いていく。まあ物々交換というやつだ。この絵本は現在発売中です。
「クッキーのおべんとうやさん」の次に描いたのが「おばけのアイスクリームやさん」(食べ物屋が多いですね)というタイトル。版元は教育画劇という。
 主人公はおばけのボンちゃんで、森のなかでふらふらとアイスクリームを売っている。ここでも動物たちが買いにくるのだが、例ばウサギさんが買いにくると、ウサギの形のアイスクリームを出してやるといった具合。とにかく主人公はおばけだから何でもできるのだ。この本の出版は来年の初夏まで待たされることになってしまった。絵本というのは、出版する季節で売れゆきが決まるらしい。ぼくにはよくわからないのだが…。
 四冊目は主婦の友社から十二月、つまりクリスマスの頃に出るという絵本で、タイトルは「りんごりんごりんご りんごりんごりんご」。木からぽつんと落ちたりんごが、「りんごりんごりんご りんごりんごりんご」と言って転がっていく話。
 このフレーズは結構癖になる。そんなわけで最近は「りんごりんごりんご りんごりんごりんご」とばかり呟いている。困る。

【○月□日】

 広島県の「ふくやま美術館」で開かれている和田誠さん(週刊文春の表紙を描いているイラストレーター)の「和田誠絵本の仕事」展で和田さんについて講演することになっており、講演日(八月二十七日)の数日前、和田さんと雑談しておいた方がいいとおもい、南青山四丁目の「ありそ亭」でビールを飲んだ。この「ありそ亭」のあるエリアは、かつて福井会館のあったところで、その敷地内に、今はいくつかの店ができている。以前からあったクスの木もしっかり残しているのはうれしいことだ。敷地内には福井の物産館もあって、ここも結構楽しい。
 ぼくは新潟の酒を好み(特に〆張鶴)としているが、福井県というところにもなかなかいい酒が多い。黒龍などはその代表的な酒で、「ありそ亭」でも黒龍を飲みつつ和田さんとの雑談を楽しんだ。
 和田誠さんは日本を代表するイラストレーターだが、同時に優れたグラフィックデザイナーでもある。和田さんのデザインに対する考え方にはぼくも同感で、よくその辺のデザイナーがする、恰好いいからといってノンブルを、何処にあるのかわからないところに置いたり、地図などでも、デザイン的な処理だとかいって、どうやって目的地へ行っていいのかわからないものを作ったりする。こういった勘違いは、自分のモニュメントばかり優先的に考える建築家には多くいるが、このごろのデザイナーにもこの手は多くなった。
 話が横道にそれたが、そんな和田誠さんは、文章も達人であり、作曲もするし翻訳もこなしてしまう。さらに書けば優れた映画監督でもあるのだ。こんな人はあまりいない。
 福山での講演には、新幹線のなかで和田さんの第一回監督作品「麻雀放浪記」を見ながら(DVDのポータブルプレイヤーを持っている)行こうとおもった。

【○月□日】

 九月の歌舞伎座公演のポスターを依頼された。正確に書くと、ポスターのイラストレーションを依頼されたということだ。
 九月の大出しものは、中村富十郎と中村吉右衛門の「東海道膝栗毛」で、二人の似顔絵はどうしても必要ということだった。困ったことに、実はぼくは似顔は下手なのだ。
 因みに、弥次さんこと、弥次郎兵衛には中村富十郎、喜多さんこと、喜多八には中村吉右衛門が扮している。さらについでに書くと、「東海道膝栗毛」の「膝栗毛」とは、膝を栗毛の馬の代用とすること、つまり徒歩で旅をするという意味である。
 仕事で困った時はじっと念力を養うしかない。今回もその手で念力を引きつけたところ、すっと中村富十郎と中村吉右衛門の顔ができた。まあそっくりというわけではないが、ぼくにしては上できだった。
 似顔絵に関して、ぼくはあまりそっくりなものは「良し」としない考えをもっている。ちょっと似ている感じがいい。さらに書けば、あまり似ていないが、詩心で見ることによって似てくるくらいが最も好ましい。つまりぼくは似顔絵描きではないということだ。
 そんなこんなで、ポスターは、歌舞伎座としては画期的なものになった。だって考えてみてもわかることだ。いつも錦絵のような絵のポスターを作っていた歌舞伎座が、ぼくの絵をポスターに使うんだから…。

【○月□日】

 骨董通りのコム・プロジェクトの会議室を借りて開校したぼくのイラストレーション教室「コム・イラストレーターズ・スタジオ」の第一期がめでたく終了した。
 この教室はイラストレーター育成の目的ではじめたもので、すべてぼく一人だけの目で指導している。そんなわけで、はじめの作品審査の時、すでに自分の形を持っている人、どんどんプレゼンテーションしていけば仕事を手にすることのできるような人は入れていない。あくまでもぼくのアドバイスでよくなっていけそうな人だけを入校させている。
 自慢めいた発言は避けたいが、今までぼくは多くのイラストレーター志望者をイラストレーションのコンペなどの入選に導いている。某誌でやっているコンペには、毎月ぼくの目を通過した若者が、一人、時には二人も入選している。これはぼくが指導したからとかではなく、本人の才能のたまものであるわけだが、ぼくとしてはうれしい限りである。絵だけに限ったものではないが、すべてにおいて言えることは、自分のものを理解してくれる指導者に出会えるか出会えないかで、人生が変ってしまうということもあるのだ。まあ興味のある方はぜひコム・イラストレータズ・スタジオ(TEL 03−5766−7711)にお問い合わせください。楽しい教室ですよ。

Profile

あんざい・みずまる
イラストレーター。1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科造形卒業。電通、NYのデザインスタジオ、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターに。現在は事務所を神宮前3丁目に構える。小説やエッセイなど文章も人気が高く、「アマリリス」「手のひらトークン」「バードの妹」「メロンが食べたい」「魚心なくとも水心」「美味しいか恋しいか」など著書多数。

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