
【○月□日】
今年も和田誠さんとの二人展で幕を開けた。
テーマも昨年同様「ON THE TABLE」で、案内状には二人でフクロウの置き物を描いた。この絵は案内状として送ったところ、まだ展覧会がはじまる前に買いたいという人が現れ驚いた。こんなことははじめてだった。
初日には多くの人たちが来てくれてうれしかった。ぼくはパーティーが苦手なのでいつも何とかパーティ無しで展覧会ができないものかとおもっているのだが、長い歴史(誰がオープニングパーティなどを考えたのか)がなかなかそうはさせてくれない。まあとにかく無事に終ってほっとした。
一緒にやった和田誠さんはぼくにとっては大先輩であり、ずっと憧れの人だった。高校生の時「グラフィック・エレメント」(美術出版社)のイラストレーションの巻に出ていたMJQの人たちを描いた絵にはしびれたものだ。和田さんとの二人展は今年で三度目になる。はじめは若気の至り(若くはないのだが)というのか、怖いもの知らずではじめたものの、じわじわと和田さんの実力がつたわってきて怖しい。個人的にはいろいろと学ぶべきもののある展覧会であると同時に、自分で書くのはおかしいかもしれないが、現代のイラストレーションを知るという点では一番参考になる展覧会ではないかとおもっている。
【○月□日】
銀座グラフィックギャラリーで浅葉克己さんの「七つの顔のアサバ」展を見た。会場には浅葉さんの広告作品から日記の一部、また浅葉さんの研究されているトンパ文字などが展示されていた。
浅葉さんは本誌を編集しているコム・プロジェクト主催の「青山デザインアワード」の一昨年の審査委員長であり、南青山の住人でもある。
浅葉さんははっきり言ってすべての面において天才である。ぼくは何度かお酒を飲んだことがあるが、酒に関しても徹底的に付き合ってくれる。卓球の達人であるが無理に人に勧めたりしないところもいい。ふんわりした構えを見せるが、その直観はすでに相手を飲み込んでいる。まあ、あまり書くと照れる人なのでこの辺でやめておくが、今度の展覧会を見て改めて浅葉さんの凄さを知った次第なのであった。
ぼくが電通にいた二十三、四の頃、同室の二年先輩に石井さんという人がいた(この人はデザイナーではなく総務関係の仕事をしていた)。この石井さんは何かにつけてぼくの面倒をよくみてくれた人なのだが、ある時、子供の頃の友だちに今グラフィックデザイナーになっている奴(こういう言い方だった)がいると言った。ぼくが「ああそうですか」程度の返事しかしなかったのは、誰でも一人か二人、旧友がグラフィックデザイナーになっているだろうとおもったからだ。
しかし何かと、石井さんのその子供の頃の友だちというのは浅葉克己さんだったのだ。お二人は神奈川県の金沢八景の出身で、石井さんと浅葉さんは幼稚園が一緒だったらしい。
「石井の方が喧嘩が強かったんだよな」
浅葉さんの言葉だが、こういった子供っぽい友人評を口にするのも浅葉さんの魅力の一つではないかとおもっている。
【○月□日】
北青山でグラフィックデザイナーをしているアケミとランチタイムのデートをした。彼女はかつてぼくが毎年一回だけ講師をしていた美術専門学校のデザイン科の生徒で、今はグラフィックデザイナーとして活躍している。ランチは南青山の「大江戸」で鰻重を食べた。こんな時、見えっ張り(あるいは痩せ我慢人間)のぼくはつい最上級のものを注文してしまう。この日もそうだった。「大江戸」は日本橋に本店があるが、青山で頑張っていることもうれしい。店の構えは「鬼平犯科帳」に出てきそうな感じでそのあたりもいい。
以前青山にはあちこちに鰻屋があったが、つぎつぎに消えている。もうみんなの記憶にも残っていないだろうが、表参道のケヤキ並木の東京三菱銀行の前あたりにも「岡野」をいう鰻屋があった。表参道の青山通りに面してあった「佐阿徳」も渋谷二丁目に移ってしまったし、神宮前二丁目の「初花」も店を閉じた。今青山にあるのは「大江戸」と「久保田」くらいだろうか。(神宮前四丁目の原宿通りには『松よし』という店がある。)大分前のことだが、千葉県の市川にとてもいい鰻屋があり時々出かけていたのだが、主人が、自分がいなくなったらこの店もおしまいだと言っていたとうり、数年前主人が亡くなり閉店した。代々つづいた店でも、今は鰻屋をやろうなどという骨のある若者はいなくなったのだろう。おばさんはヨン様に熱を挙げるわ、相撲はモンゴル勢に勝てる力士はいないわ、どうも淋しい日本になりつつあるようだ。
あ、アケミと食べた「大江戸」の鰻重、美味しかったですよ。
【○月□日】
マッサージに行った。ぼくはひどく肩のこる人間で、よく「青山指圧センター」というところへ行く。スパイラルホールの左の路地を入ったビルの六階にあって、ここには本誌も置いてある。ぼくは一度だけ「A
P」の表紙に写真で出たことがあり、それまで本名で通っていたのだが、それによって「安西水丸」が発覚してしまった。別に悪いことをしたわけではないのでそれはそれでいいのだが、表紙に写真が出たくらいで誰もわからないだろうとタカを括っていたのが油断だった。案外みんなきちんと見ているんだなあと、以後気をつけることにしている。
それにしても南青山四丁目、五丁目あたり、ちょっと出かけないとどんどん情景が変っていく。店もよく潰れていくが、新しい店の出現も多い。青山通りをはさんだ南青山の方は三十代くらいの男が、フィアンセらしき妙齢の女性を連れて歩いているのに批べ、神宮前四丁目あたり、いわゆる裏原宿と呼ばれるエリアには二〇代前半のカップルが多い。裏原宿に多いのは古着ショップで、今、世界中でこんなにも、古着屋の集中しているエリアはないだろう。時々歩くが案外楽しい。しかし古着とはいえ意外に高価だ。ぼくが一九六九年にニューヨークで買ったLee製の何の変哲もないジャンパー(三〇〇〇円くらいで買った)が十七万円で売っていたのには驚いた。

あんざい・みずまる
イラストレーター。1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科造形卒業。電通、NYのデザインスタジオ、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターに。現在は事務所を神宮前3丁目に構える。小説やエッセイなど文章も人気が高く、「アマリリス」「手のひらトークン」「バードの妹」「メロンが食べたい」「魚心なくとも水心」「美味しいか恋しいか」など著書多数。