Aoyama Style

コラム

安西水丸の青山日記 6

【○月□日】

 青山墓地の桜が満開の時期、仕事でニューヨークへ行った。ホテルは今度はじめて泊まった、マンハッタンは43ストリートの5番街と6番街の中間にある「イロクォイズ」だった。小ぢんまりとしていて、ここはかつてジェームス・ディーンが常宿にしていたホテルらしかった。
 ぼくのホテルのひとつビルを間に挟んで左側に「アルゴンクウィン」というホテルがあって、ここは主に作家などに好かれたホテルだという。
「アルゴンクウィン」というのはインディアンの部族の名前で、1626年にオランダ人がこのアルゴンクウィン族からマンハッタン島を購入したらしい(確か12ドルだった)。
 毎晩仕事が終わると、このアルゴンクウィンのバーでギムレットを飲んだ。ニューヨークでは3晩続けて同じカウンターに着くと常連だと友人に聞いたことがあった。そういう意味ではしっかりと常連だったとおもう。
 アルゴンクウィンのバーテンダーは、若い頃に香港から来たという80歳になる白髪の老人で、なかなかいい雰囲気だった。同じ東洋人ということで、何か親近感を持ってくれたようだ。惜しむらくはバーが禁煙ということでシガーが吸えない。これはちょっと考えて欲しいとおもったが、今や禁煙エリアが多いのは世界的なことだ。
 ちなみにぼくは自分のホテル「イロクォイズ」でシガーをくゆらせていたところ、ドアをノックされ注意を受けた。
「野暮は無しだぜ」
 と、おもったが、もしかしたら野暮はこっちの方だったのかもしれない。それにしてもどうして発覚したのか、今でも不思議におもっている。

【○月□日】

 ニューヨークには一週間もいず、トンボ返りをした。青山へ帰ってほっと一息、その週末京都に出張した。
 仕事の前日の夜京都に入り、いつも顔を出す祇園の飲み屋で、約束していた京都育ちの28歳のOLと飲んだ。
 ひどく疲れていたけれど、彼女との会話は楽しかった。
 一合半ほど飲んだ時、「今日はこの辺でやめておこうかな」とおもった瞬間意識がなくなった。気がつくと数人の男にタンカに乗せられていた。救急車である。
 男たちはてきぱきとぼくを救急車内に運び込み、連絡を取って近くの病院へと運んだ。
 救急車はもちろん生まれてはじめてのこと(そうしょっちゅうあったら困るが)、何よりも驚いたのは、こんなことになるほど疲れていたのかということだった。
 2時間ほど病院ですごし、無事ホテルへともどった。皆さんご迷惑をおかけしました。

【○月□日】

 京都から帰った翌週末、今度はイギリスへの出張が待っていた。その間締切があるので再び仕事はハードになった。
 そんな矢先、女から別れ話が出た。どうしてこんな混乱している時にとおもったが、いい年をしてうろたえるのはみっともない。その夜最近ぼくの仕事場の近くにできた「がらり」という飲食店に飲みに行った。「がらり」は普通の民家をリフォームして開いたなかなかセンスのいい店で、酒(日本酒)も揃っているし料理も美味しい。店の人たちも感じがいい。村上春樹全集が完結した時、作者の村上春樹さん、装丁、装画を担当した和田誠さん、編集者の木下陽子さん(講談社)と、何故か招待を受けたぼくはこの店を推選し打ち上げを行った。その後もぼくはちょくちょくここへ顔を出している。
「京都で救急車のお世話になっちゃったんですよ」
 こういうことはなんとなく人に話たくなるものだ。お店の皆さんにも心配された。
「イギリス、お気をつけてお出かけください。」
 昔なら「道中お気をつけて」となるのだろう。海外出張前の、こんな一言はとてもうれしい。

【○月□日】

 青山から遠くはなれて…。
 ロンドンに着き、一泊。翌日仕事の目的地であるコーンウォール半島へと向かった。コーンウォール地方は、イギリスの南西部にあたり、その果てにはイギリスの最西端であるランズ・エンドという岬がある。
 この旅は、イギリスの陶芸家バーナード・リーチが、日本の濱田庄司(陶芸家)をさそい(1920年頃)、コーンウォールの先っぽにある漁港、セント・アイヴィスにのぼり窯を構え、作陶していた、そのあたりを中心に歩くという目的だった。
 イギリスは新緑につつまれていたが、風にはまだ日本の3月くらいのつめたさがあった。ロンドンのパディントン駅から電車で向かったのだが、山の少ないイギリスは緑の丘や平原がつづきほんとに美しい。セント・アイヴィスの海は青々としていて港の灯台がよく似合う町だった。バーナード・リーチの窯(今は『リーチ・ポッタリー』として残っている)を訪ねるのはもちろんだが、ぼくにはもう一つ密かな目的があって、それは若い頃からずっと船員として働き、70歳をすぎてから絵を描きはじめたという画家、アルフレッド・ウォリスの絵を見ることだった。
 彼は船乗りだっただけに港や船の絵が多く、それがたまらなくいい。正直なところ絵は下手なのだが、下手な分だけ情感が漂っている。ぼくはこういった絵が好きなのだ。一番つまらないのは、適当に上手っぽくて、何も感じるもののない絵だろう。
 セント・アイヴィスの青い海に面したテートギャラリーで、彼の小品4点を見ることができた。ああ、やっと実物の絵を見られたと感慨ひとしおであった。

【○月□日】

 仕事が終わってロンドンへもどった日、スタッフと別れ、数日ここで休養することにした。
 2日ほどアンティークショップを覗いたり、ぶらぶらとすごしていたのだが、おもいたってオックスフォードへ行ってみることにした。
 オックスフォードは、6年ほど前、甥(外科医)が研究のため数年過ごした街で、いつも話に聞いていたので出かけてみたくなったのだ。オックスフォードはロンドンのパディントン駅から1時間半ほどで着く。
 オックスフォードは大学の街だ。学生らしき若者と観光客と新緑であふれていた。この日はふしぎな天気で、晴れているのに雨が降ってきたりした。日本で言う「狐の嫁入り」という天気だった。

Profile

あんざい・みずまる
イラストレーター。1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科造形卒業。電通、NYのデザインスタジオ、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターに。現在は事務所を神宮前3丁目に構える。小説やエッセイなど文章も人気が高く、「アマリリス」「手のひらトークン」「バードの妹」「メロンが食べたい」「魚心なくとも水心」「美味しいか恋しいか」など著書多数。

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