
【○月□日】
南青山三丁目のギャラリー「スペースYUI」で、一昨年につづきイラストレーターの大先輩である和田誠さんと二人展を開いた。前回のタイトルは「NO・IDEA」で、今回は「ON・THE・TABLE」。つまり机上にさまざまな物を置いた絵、要するに絵画でいう静物画といった作品を展示した。合作なので二人で一枚の紙にそれぞれがテーマで決めたものを描くわけで、これはちょっと大へんだった。全部で二十六点描くことになり、十三点づつ受け持つことになった。
一枚の絵に、先に描く方が左側に描き、それぞれができ上がったところで交換して、左に描いてある横(右側)に描くわけである。
例えば和田さんが先に描いた猫の置き物の絵の右側にぼくも同じテーマのものを描くのだ。逆に、ぼくが先に描いた灯台の置き物の右側に和田さんが同じもので描くといった具合だ。
この場合、先に描く時は失敗しても描き直すことはできるわけだが、後から描く方は、すでに左側には絵ができ上がっているので、右側に描いて失敗すると、和田さんにも描き直してもらわなければならない。これはなかなかのプレッシャーである。高校生の頃から憧れていたイラストレーターの和田さんである。
「すみません、失敗してしまったので描き直してください」
などとはとても言えない。
和田さんから十三点の絵が廻ってきた時は緊張が頂点に達したが、しかしよく考えてみたら、ものごとすべて、緊張してやったからといってそこからいいものができるわけではないのだ。緊張することで優れたものが生まれるのならすべての人は何かする時にいつも緊張していればいいわけである。リラックスのなかで自分なりの作品を創り出す、そのために好きでもない勉強をあれこれやってきたのだ。それにぼくの絵などは、もともと失敗が作風になっているようなものなのである(多分そうだろう)。そうおもったら気分がぐっと楽になり、気持よく描くことができた。実に楽しく作業ができた。
一昨年、ユーミンの歌手生活三十年を記念したラジオ番組にゲストとして出演した。
番組の終了直前ユーミンに訊かれた。
「水丸さんにとって、長く自分の創作活動を続ける秘訣は何でしょう?」
ちょっと考えて答えた。
「すごいことをやろうなんて考えないことでしょうか」
これがぼくの答えだった。
まあそんなものである。自然体でやっていいものを創る。これが才能というものではないだろうか(ぼくにそれがあるかどうかは実に疑問だが)。
和田さんとの二人展のオープニングには多くのイラストレーター達や、仕事関係者達が集ってくれてギャラリーからあふれる程だった。
オープニングの二次会は北青山ニ丁目にあるイタリーレストラン「ease」で、三次会は南青山五丁目のレストラン「SUN」とつづきお開きとなった。お付き合いくださった皆さん、遅くまでありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

【○月□日】
南青山に新しくできた「Rojak」でピアニストのサユリと夕食をした。ここにはカレーもありサラダも美味しいのだが、特筆すべきは豚のスペアリブがなかなかいけるということだ。まあ食べ物の味の場合は人によって味覚が違うので一概には断定できないが、ぼくにはとても美味しい。さらに特筆すべきは地階にバーがあり、カクテルはもちろんのこと実に葉巻の種類が揃っていて、葉巻好きのぼくにはたまらないのである。
味覚の違い云々と書いたが、以前こんなことがあった。
ぼくが大学(日本大学芸術学部デザイン学科)の講師をしていた頃、先生(かつてぼくが教わった教授)と江古田にある飲み屋に入った。ぼくは少しお腹が空いており、メニューを見るとカレーがあった。この店は先生の行きつけでもあったので訊いてみた。
「先生、ここのカレー、食べたことありますか。美味しいんでしょうか」
先生は少し間をおいて答えた。実に名言であった。
「安西なあ、カレーとラーメンと女だけは、人それぞれの好みがあるんだよ。ぼくには何とも言えないな」
こんな素晴らしい答をいただいたことは今まであっただろうか。脱帽であった。
【○月□日】
ライターの松木直也君と南青山の「ChungKing Lo」を取材したことがあった。
先日、松木君と夕食することがあり、その後久しぶりに一階のバー(Chung KingLoの一階はバー)でギムレットを飲んだ。
「少し甘めでしたね」
ぼくがギムレットを注文するとバーテンダーが言った。以前ギムレットを注文した時に、ぼくが口にした「少し甘めで」というのを記憶してくれていたのだ。こういうことって実に恰好いいことだなあとおもった。
同じことがあった。それはニューヨークのインターコンチネンタルホテルのバーだった。一年後に同ホテルに泊まることになり、夜、バーに行きカウンターに向かった。ギムレットを注文すると、一年前にぼくが言った言葉(もしかしたら下手な英語だったかもしれないが)を覚えていてくれていたのだ。いずれにせよ感激した。センスのいい店にはセンスのいい従業員がいるという現象なのだろう。うれしいことである。
【○月□日】
南青山三丁目の「CONTRY HARVEST」へ花を買いに行き、帰りに「Dragonfly CAFE」でコーヒーを飲んだ。この店の入り口には最近「COW BOOKS」(古書店)が入って、つい時間をつぶしてしまう。もともと古書店が好きなので神田神保町などはぼくにとっての魔窟である。ここ数年、書店の変化は目ざましいが、「COW BOOKS」などにいると、書店も、ただ本をだらーっと並べておく時代は終わったのだなあとつくづくおもう。昔、あんなにダサかった美容室が、現在のように変化したのと同じである。「COWBOOKS」ではいつも胸がときめいてしまうのだ。

あんざい・みずまる
イラストレーター。1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科造形卒業。電通、NYのデザインスタジオ、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターに。現在は事務所を神宮前3丁目に構える。小説やエッセイなど文章も人気が高く、「アマリリス」「手のひらトークン」「バードの妹」「メロンが食べたい」「魚心なくとも水心」「美味しいか恋しいか」など著書多数。