Aoyama Style

コラム

安西水丸の青山日記 3

【○月□日】

 地下鉄銀座線の外苑前駅近くのLIBRO(書店)で柳宗悦の『茶と美』(講談社学術文庫)を買った。柳宗悦の本は『民藝四十年』など愛読書が多い。日本民藝館初代館長であり、日本の民藝運動はこの人から始まった。正しい日本人の眼を持った一人といっていいだろう。
 柳宗悦はこの本のなか、「『茶』の病い」の項で茶道を厳しく批判している。ぼくの日ごろのおもいと同じだったので痛快だった。
 以下頷ける部分を引用してみる。
 しばしば吾は無駄な所作に会う。時としてわざとらしい型に会う。例えば茶筅を洗う時など、よく大げさな無駄な形を見かける。遠州流などその典型的なものであるが、型の意味を忘れ去ったものであって、その弊害があまりにも露である。
 金持の茶会に列すると、とかく持ち分も大層で、用いる方も派手で、渋みなどは失われがちになり、それに何か金力で自慢しているところが見えすいていたり、またいかにも偉そうな素ぶりや話ぶりが目についたりして、いやみなもの多く、枯淡を慕う境地などからはおよそ遠いものである。
 太閤は金色の茶室、黄金の茶器を用いたというが、悲しいかなこれが彼のごとき者の哀れな一面である。だいぶ前のことになるが、米国で日本美術展が催された時、日本から銀製の茶器一式を出品したことがある。それが向うで物笑いの種になったそうである。品物も品物だが、これを選んでわざわざ送った役員の馬鹿さ加減にはあきれざるを得ぬ。
 今の茶人たちはいくじがないと私はいう。(略)大概は宗元を無上に有難がったり、道具屋に引きずり廻されたり、値が高いと佳い品と思ったり、箱書で後生大事にしたり、十職のものだと皆本物だと思ったりする。決して自分の心や眼で主体となって取捨を施すのではない。
 と、まあこんな具合である。ぼくの知人の大学教授も最近茶の湯をはじめたといい、新調した高価な着物姿の写真を見せてくれた。数人の茶の湯仲間と写っており、やれ真んなかの人物は何々会社の社長だの、その二人横の婦人は何々会社の重役夫人だのといった説明をしてくれたが、こういうのはヘドが出る。日ごろから茶人きどりには辟易していたので、柳宗悦の文章には溜飲が下がった。
 インチキ臭い茶人だけではなく、東京の街にもそれと似たものがある。わが青山がそんな街にならないことを切に願う次第だ。

【○月□日】

 今年の夏は夏らしい日がない。毎日雨が降っている。雨のなか、LIBROに本を探しに行ったが見つからなかった。その他の青山の書店をまわってみたが見つからなかった。
 ぼくのなかに「急がば紀伊国屋書店」という言葉がある。書店というのは求めたい本がなければ役に立たない。青山の書店には雑誌(特にファッション関係)などはあるものの、これといった書物がない。この程度だから青山の文化度も高が知れているといっていい。
 かつての青山はごく普通の生活を楽しむ静かな街だった。彼岸の日などに墓地近くを歩いているとあちこちから線香が漂った。墓地で花見などはしなかった。どうもこのごろの青山は田舎者がちゃらちゃらお洒落をして歩く街になりつつあるようだ。
 ああ、年寄りの愚痴になってしまった。書店のせいだ。長雨のせいだ。

【○月□日】

 隼町(国立劇場の裏側)でスパニッシュの夕食を終えた後、タカハシサユリと外苑西通りに面してあるバー「ハウル」(北青山と考えておいてください)に行った。マスターのデニー氏は若い頃、ハーレーをかってアメリカ大陸を横断したという。写真を見せていただいたが恰好よかった。映画『イージーライダー』に出てくるみたいだ。
 「ハウル」に入ったのが夜の十一時すぎ、ここで葉巻をくゆらすのは何よりも楽しみだ。
  タカハシサユリは鎌倉在住だが時々青山に出ており、現在横浜スカイビルの最上階にあるレストラン「コート・ダ・ジュール」で、木曜日と土曜日ピアノを弾いている。二十七歳、身体一七〇センチ、なかなか魅力的な女性で将来有望である。興味のある方は横浜の「コート・ダ・ジュール」にお出かけください。決して損しないことはぼくが保証します。因に「ハウル」のデニー氏がプロデュースした梅酒「星子」は十月より飲むことができます。美味しさ、これもぼくが保証します。

【○月□日】

 アートディレクターでアーティストでもあるタナカノリユキ君に頼まれて、「ユニクロ」のモデルをした。こういうのはもの凄く苦手なのだがタナカノリユキ君から直接電話で依頼されたら断れない。
 撮影を農大前のスタジオで行い、帰りは用賀から地下鉄で表参道にもどり、ギャラリー「360°」に立ち寄った。ぼくはギャラリー「360°」が好きで時々ふらりと立ち寄っている。海外の意外な商品(作品も含め)があり、欲しいなとおもうことがよくある。オーナーと立ち話していたところ、氏の愛犬がむっくりと眼を覚ましたので失礼することにした。ぼくは大の犬恐怖症なのである。

【○月□日】

 てんぷらの「みや川」でてんぷら定食を食べた後、根津美術館の庭を散歩した。涼しい午後だった。
 東武鉄道の根津嘉一郎氏が自分の東洋古美術品のコレクションを核に開いた美術館だ。嘉一郎氏は号を「青山」といったらしい。昭和十六年の開館は私立の美術館としては古い方だろう。急勾配の小道を下っていくと小さな渓谷になっていて池は自然の湧水だという。コレクションそのものや庭に点在する奇妙な仏像、燈籠は趣味ではないが、うっそうとした緑は散歩者にとってはうれしい。
 この美術館にはかつて平凡社で同僚だった山本恭一君がいる。彼は平凡社の力作『陶器大系』の編集に長く携わっていた。この日は外出していて会えなかった。力なく蝉が鳴いていた。涼しい夏だ(八月中旬現在)。

Profile

あんざい・みずまる
イラストレーター。1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科造形卒業。電通、NYのデザインスタジオ、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターに。現在は事務所を神宮前3丁目に構える。小説やエッセイなど文章も人気が高く、「アマリリス」「手のひらトークン」「バードの妹」「メロンが食べたい」「魚心なくとも水心」「美味しいか恋しいか」など著書多数。

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