
【○月□日】
暴忙の渦に巻き込まれ、なかなか開けなかったコム・イラストレーターズ・スタジオの新年会を、おそまきながら青山骨董通りの料理店で行った。あいにくの冷たい雨の日であったが、教室の生徒たちがほとんど出席した。
恒例によってまずはビールで乾杯するのだが、どうも会話が今一つはずまない。緊張しているのかとおもうと、そうでもない。つまり彼らのなかの話題というものが乏しいのだ。仕方がないからぼくが話題を提供するという具合になるのだが、そんなことをつづけていると、自分は一体何をしているのかといった気持になる。新年会を、とか、先生と飲み会を、とか言うので忙しい時間をさいてつき合っているのだが、これではまるでサービスするために出かけていくといった感じである。
ぼくは人によく誘われるし、誘われもする。自分から誘った時 は、ああ、今日は楽しかったと、相手にそうおもって帰宅して欲しい。それがお誘いするということだろう。世のなかには誘うはするものの、少しも楽しくない人が多い。仕方がないからこっちが必死で楽しませることになる。これなら仕事場で絵を描いている方がずっと楽しい。
まあそんなことを別にすれば、コム・イラストレーターズ・スタジオの生徒の進歩は著しい。日が立つにつれ、持参する作品は、実際雑誌等の仕事が多くなっている。イラストレーションは仕事が一番の勉強である。いずれにせよ、生徒の成長ほど指導する方としてはうれしいものはないのである。
【○月□日】
来日したジャズピアニスト、マッコイ・タイナー・トリオの演奏を青山のブルーノートで聴いた。ステージへの歩き方が少しよたよたしていたので心配したが、ピアノに向うや、ぴりっとした力強い音を響かせた。さすがである。
マッコイ・タイナーは一九三八年の十二月十一日にペンシルバニア州のフィラデルフィアに生まれている。何といっても、モダン・ジャズ史上に燦然と輝く、ジョン・コルトレーン・カルテットのメンバーとして長きにわたって活躍、以後、今日に至るまで、コルトレーンの後継者としてニューヨーク・ジャズ・シーンの中枢を担っている重要なピアニストである。マッコイがコルトレーンに出合ったのは十七歳の時だという。コルトレーンは当時マイルス・ディヴィス・クインテットに在籍していたが、一時、マッコイが育ったフィラデルフィアにもどったことがあり、その時コルトレーンはレッド・ルースターというクラブに出演を依頼され、そのバックでベースのジミー・ギャリソンとつとめたのがマッコイタイナーだったのだ。運命的な出会いといっていいだろう。
ぼくは演奏のあと、マッコイにコルトレーについて少しでも訊きたかったのだが、残念ながらそれはできなかった。帰ってからコルトレーンの、「マイ・フェイヴァリット・ソング」をCDで聴いた。マッコイのピアノが若々しかった。
【○月□日】
村上春樹さんが「村上かるた」なるものを書き、それに絵を描いた。大へんな枚数の絵になったのだが、何とかでき上り、南青山の寿司屋「大滝」で打上げをした。出席者はぼくと村上夫妻、そして版元である文藝春秋の編集者、岡みどりさんの四人。あれこれと製作過程の話で盛り上り、旨い寿司と酒に酔った。仕事がきつければきついほど打上げは楽しいものになる。村上春樹さんと話しをしたことのある人は少ないとおもうが、この人の話はほんとに面白い。面白いというか、おかしいといった方が正しいかもしれない。とにかく楽しい打ち上げだった。
村上かるたは、「うさぎおいしーフランス人」というタイトルで三月下旬、文藝春秋より発刊されます。帯には「村上さん、こんなことしていていいんですか」と書かれてるが、ほんとに「こんなこと書いていていいんですか」と言いたくなるほど笑える本です。ぜひお手に取ってみてください。
【○月□日】
これも恒例になった和田誠さんとの二人展が、今年も四月九日より十八日まで南青山のスペースYUI〈電話03-3479-5889〉で開かれる(11時〜19時、最終日17時まで。日曜日休)。
今年のテーマは諺で、タイトルは「ことわざバトル」になった。例えば「サルも木から落ちる」という諺の場合、和田さんが木を描き、ぼくが木から落ちるサルを描くといった具合だ。「目病み女に風邪引き男」という諺の場合は、ぼくが「目病み女」を描き、和田さんが「風邪引き男」を描く。まったくの合作である。お時間がございましたら、ぜひお出かけください。
【○月□日】
今年もコム・プロジェクトの主催で秋に開かれる「青山デザイン・アワード」で審査委員会を引き受けることになった。今までの審査委員長を見ていると、これは謙遜ではなく、まさに役不足のぼくである。つまり「柄ではない」のである。まあ、あれこれ言ってもとにかく引き受けてしまったのある。この催しには毎年テーマがあり、今年はどうするか、いろいろ考えたのだが(ほんとかな)、「空想」とか「遊び」とかいくつかおもいついたなかで、何と「男と女」というテーマに決りそうな現在である。ずばり、「男と女」である。「ダバダバダ、ダバダバダ」は、クロード・ルルーシュ監督の名作「男と女」であるが、こちら、「青山デザイン・アワード」も「男と女」である。人間の本質に迫る究極のテーマである。こういうテーマを考えられると、来年の審査委員長は悩むだろうなあ。応募者の傑作を期待しています。
【○月□日】
六本木にオープンした国立新美術館で、ぼくたちのイラストレーター団体「東京イラストレーターズ・ソサエティ」の大々的な展覧会が六月二十七日より、七月九日にかけて開かれる。会員一九六名が参加するこの展覧会は、日本では史上一番大きなイラストレーターによる展覧会になることとおもう。テーマは「人間がこれをつくった」で、つまり、われわれは、人類の歴史がはじまって以来、便利なものを多くつくってきたが、一方では人を殺戮する道具もつくってきたわけである。そういった、良きも悪きも、人間がつくってきたものをイラストレーションにして展示します。コーナーは三つに分け、公募作品、会員作品、また都内の小学生に同じテーマで描いてもらったり、また、今は亡き往年の名イラストレーターたちの作品も展示します。
こちらもぜひお出かけください。
【○月□日】
赤坂の豊川稲荷の桜はもう散っている。ぼくの知るところでは、この桜が東京で一番早く開花する。今年の冬は何だか騙されたような冬だった。青山も間もなく桜につつまれる。春よりも、春の匂いのする今が好きだ。

あんざい・みずまる
イラストレーター。1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科造形卒業。電通、NYのデザインスタジオ、平凡社でADを勤めた後、フリーのイラストレーターに。現在は事務所を神宮前3丁目に構える。小説やエッセイなど文章も人気が高く、「アマリリス」「手のひらトークン」「バードの妹」「メロンが食べたい」「魚心なくとも水心」「美味しいか恋しいか」など著書多数。